昭和五十六年一月三十一日 朝の御理解


御理解 第二十二節
 天地金乃神と云へば天地一目に覽て居るが神は平等におかげを授けるが受物が悪ければおかげが漏るぞ神の徳を十分に受けやうと思へばまゝよと云ふ心を出さねばおかげは受けられぬまゝよとは死んでもままよとの事ぞ。


 お徳を受けていくという事はこんなにも素晴らしくこんなにも有難いものだという事が分かっておるお道の信者がどれ位居るだろうか。こりぁ私をはじめたおかげを頂いて立派な商売人になって大きな御用をさせて頂けるようなおかげが頂きたいうような願いは何十年間も続けたんですけれども、御神徳を受けるという事がこんなにもすばらしい、こんなにも有難い、御神徳というと結局久留米の初代がおっしゃるように神様の御信用と仰せられるのですから、その天地がいよいよ私のバックにいつもおって下さるんだなあという細やかな実感が、日々頂き続けれる事だと思うんです。御神徳とは。神様がいうならその氏子に対して御信任下さっておるのだからいつもその氏子中心にまあその人の顔を立てて下さったり困った時にはいわゆるバックで儂が居るからガンとやれ大丈夫だよと天地の親神様がこう胸をたたいて下さっておるような感じで、神様を身近に感じられるという事がもうすぐに御神徳だと思う。いうならば私には神様が付いてござるといういうならば実感です。それが御神徳です。どんな場合であってもいわゆるおかげの方にもかならんという確信です。
 そりあ目の前ではこゝになり損をしたというような事になるかもしれませんけれども、これとても神様がいよいよより大きなおかげを下さる事の為の神様の働きだと信じられるという事がです。結局あの神様も又信じて下さり、いわゆる信じ信じられるという事です。結局あの神様も又信じて下さり、いわゆる信じ信じられる仲というものが生まれて、そこからだんだん交流が始まってくる。天地の信用がこちらへ感じられる。私が考えてみますとやっぱりあれが御神徳を頂く始めだっただろうかと、私がなら御神頂いておる分かりませんよ、けれど私の為にはいつも天地がバックになって下さる事から思うてですねこういう天地の働きを受けれれるという事が御神徳じあないかというふうに最近思うようになりました。
 引揚げて帰ってまいりまして、酒の配給をしておりました。まあどうやら家族五、六人の者が生活に、事欠かないという位の事ではございました。けれども、まあそれに腰かけておったような状態で裸で引揚げて帰って着たけれどもお商売が残っておった。その商売がそれこそ或る日突然出来なくなった。もうその時にそこに私は、ははあ神様が酒屋よりももっとよい商売を下さろうと思いござるばいなあとこれが私の実感でしたよ。本当に。だからそれだけに神様を信じるからというものは神様が本当にどれ位信じておるか本当に神様を感じ思うておるかというような、いうならばおためしのような数年間が続いたように思います。それでも私の信は狂いませんでした。始めて信心を頂いておるという事の、おったという事の有難さというものを思いました。
 今朝方私はお夢を頂いたんですけれども、全然自分の心にはさらさら無いと思うような事でしたけれども、私がある時帰ってきた。そしたら家内がお帰りなさいという返事、その態度が悪かった。だから私が家内をやかましゅ云うておこりよる、そして部屋にははいったらこう散らかさぁいけんでもう蹴らかしてから、「なんち ろくなこつか」ら、そこに子供でもないけれども自分の子供のようです。そしたらその子供をどうかしたら、いうて叩いたり家内をもう髪をひん握ってこうやってごうぐったりはがいゝ思いをしておるお夢を頂いて私は本当に自分の今の心からさらさらないが夢の中に表われておるのを見て、はあ信心がなかったら、この通りかもしれんという事を実感しました。
 もし信心がなかったら、そこに信ずる神様を頂いていなかったらこのような日々であったかもしれん。都合のよかこつがあれば有頂天になって喜ぶ、困ったという又自分の気にそわなかったらかんしゃくをまわす。もう夫婦げんか、親子げんかともう私の今朝の夢のような感じであったら、いよいよ地獄のような生活だろうとこう思わせて頂いたんです。
 けれども信心を頂いておったおかげで、しかも本当に信心である信ずる心である。私は今日は「神の徳を充分に受けようと思へばまゝよの心を」とありますけれども、今日はその神徳を充分に受けようと思えば信心を頂いておるという事がこのようにも有難いというその土台というか、おかげの受け物が悪ければとおっしやるが信心を頂いていなかった。又信心を頂いてあの今の祈念詞の中にもありますね、本当に信心に縁を頂いた、神様に御縁を頂いたという事の身の幸せという事がありますが、その身の幸を先ず考える事です神様を頂いてなかったら、だから過去の信心を自分で思うてみて果して信心を頂いとる事がこんなに幸とは分からんなりにただおかげを頂く事だけの信心であったです、けれどもいよいよぎりぎり行き詰まった時に分して頂いたのは私には神様が付いてござるというような実感。
 いわゆるそれで大体生活は出けるようなお仕事は頂いておったのにもかゝわらず、それが突然なくなるという何十年間のまあ商売をすっきりと止めてしまはなければならない。という時にそのあまりにも突然の事でしたけれども感じた事は、神様がこれよりか、よい商売を下さると思ういう感じです、信じた事。はじめてその辺から信じて頂いておる事の有難さというものが分かってきたように思います。信心を頂いておるという事の有難さです。昨日は研修の時に郷之浦教会の末永先生の所の報徳祭が二十九日の日でしたか。紀久男先生が行っておりましたから大祭なんでにこういう御本がもうスタイルはもう合楽のおかげの泉と全く同じでこの根賀似というのも、昔、合楽で出しておった新聞の名をそのまゝそしてこれを読んでもらって昨日の研修にさせて頂いたのですけれども、もうあまりにも合楽は、どういうでしようかもう合楽そのまゝのいうならば布施をしておられる、もう合楽なしにはという、或る日次祭の日のお説教をこれにまとめてあったんですけれども。
 そりぁこれを読んでみなどういう事を感じたか、内容のすばらしい事だけれどもあまりにも合楽を、瓜二つのような信心を郷の浦教会に伝わっておるという事を皆がその事を感じておるもようでした。もうお話ぶりといゝ内容でも聞いとったらけっきょく合楽のお話のような感じである。一から十まで合楽であり親先生である。もうようあんない、月に一回しかみえませんけれどもその日の御理解をそのまゝ倍〓しておられるようにその御理解の中に説いてあります。結局合楽に御縁を頂いたという事をまた合楽のおかげで今日郷之浦教会があるというような思いを持っておられるという事は、まあ今日申します信心を頂いておるという事がであり、いうなら合楽に御縁を抱いておったという事がこんなにも有難いんだという基礎が出けておるんです。そこすらいうならまゝよというのはその都度都度のり信心の稽古によっていよいよ充分の徳が受けられるという事ににるでしょう。
 だからもうそのいさぎよいというかまゝよという、まゝよとは死んでもまゝよの事といったようなものがポカッと頂けるのではなくて、その基礎土台ともなるものはやはり合楽に御縁を頂いておったという事がこんなにも有難いんだという事を先ず分らなければいけない。もし私に合楽との縁が無かったなら、私が今朝お夢の中で感じたようにどういう事になっとっただろうかと思ったらそれこそ肌に粟粒を感じるような事をまあ今朝から実感したんですけれども、もっともっと金光教の信心を頂いたという事が、しかもその合楽に縁を頂いたという事は有難い。そこから都度都度にまゝよという心も土せれる稽古させて頂く説きに御神徳というものが充分に頂けれるようになる。
 そして御神徳を受けるという事がこんなにもすばらしい、いつも神様、今度末永先生が正月に引き当てられたのが、合楽一家というのと、何時あったかね、合楽一家、合楽一新というのを頂かれた。もう合楽ともう一緒になっていきさえすればおかげが頂けるといういうならば信心をいよいよ自分のものにしたいというのでしようけれどね、合楽一新いうならば合楽一家にならせて頂くいうならば稽古、又そうならせて頂いとる事の有難さというものが基礎になり土台になっていくから信心、一切が神愛と分るいわゆるまゝよ心というものがいよいよ御神徳をいやが上にも頂いていく事が出ける。そして御神徳ほどすばらしい有難いものはない。或る程これならあの世にも持っていけるぞという所に、いうならばあの世という所も死ぬるという事も恐い事ではない。これを持って行けるという死生のいうなら安心も生まれてくるというものです。だから信心のぎりぎりの所は御神徳を頂く事、それにはまゝよという心を出さねば、だからまゝよという心の前に合楽一家合楽一新といったようなものが先ず求められるじぁあないでしょうか。
どうぞ